幸子の物語

幸子のこと

お医者さんには、少しペースを落としなさいと言われました。
でも、私の手は一度も言うことを聞きませんでした。

ここ日本、新潟県燕市の同じ小さな工房で、45年以上仕事を続けてきました。
ホームページもなく、広告も出さず。
あるのは木の作業台と、いくつかの簡素な道具と、何度も足を運んでくれる人たちだけでした。

インターネットで売ろうなんて、考えたこともありませんでした。

去年の春、孫の美咲が私の前に座って、こう言いました。
「おばあちゃん……これを必要としている人が世の中にはいるのに、その人たちはおばあちゃんのことを知りもしないんだよ」

そのとおりでした。

なぜ、つくるのか

流行を追うためにアクセサリーをつくったことは、一度もありません。
助けを求めて人が訪ねてきたから、つくってきたのです。

朝、手を握ることができなかった女性。
終わりの見えない夜勤続きで、少しでも疲れを和らげたいと願っていた看護師さん。
友人も、近所の人も、見知らぬ人も……みんな、何かを変えてくれるシンプルなものを探していました。

年月がたつうちに、ひとつのことがはっきりしました。

銅は、ただきれいなだけのものではありませんでした。
人が何度でも戻ってくるものだったのです。

何が違うのか

私がつくる作品は、どれも手で形になります。
工場もなく、大量生産もしません。

本物の素材だけを、昔から変わらないやり方で、ゆっくりと打っています。

銅は、何世代にもわたって人々の信頼を得てきました。
宣伝のおかげではありません。人が身につけ続け……そして戻ってき続けたからです。

これは本で学んだことではありません。
私の作品を身につけてくれた人たちから学んだことです。

私の工房から、あなたのもとへ

町の片隅で静かに続けてきた手仕事が、今では私のふるさとを遠く離れたご家庭にまで届いています。

正直に言うと……今でも少し信じられない気持ちです。

でも、変わらないことがひとつあります。

どの作品も、変わらぬ心配りで、
変わらぬ思いを込めて、
そして、シンプルなものをていねいにつくることこそ大切だという、変わらぬ信念でつくり続けています。

ここに来てくださって、ありがとうございます。

— 幸子